Real HIP-HOP

ホント、我ながらズボラ過ぎる…(汗
既に2年近く更新してない…。

ちゃんと更新をしようと思うのだが、FB等のSNSが主流で、短文で更新するのに慣れてしまうと、ちゃんと文章を書く「ブログ」はどうもおろそかになってしまう。
そして、思い出したかのように(思い出したんですが…)、長文の投稿になってしまう…。それに、どうも「毒吐き」になりがちなのは、ある意味、このブログが俺自身の「本音」をかける唯一の場所だからなのかも知れない。
なぜか?だって、ほとんど誰も見てないだろうから(爆

さてさて、今日の毒吐き(爆)も、もちろん、個人的に「思う所」があったからだ。
もし仮に、このブログを読んでいる{たまたま見つけ読んでいる)人で、内容に不満がある人は、読まずにとっとと去ってください{爆)、この世の中には「必ず」意見が異なる[
アンチ」な人はいます。
そんな事はわかっています。なので、誰かに同意をしてもらおうとか、討論をしたくてブログを書いているわけでは無いです。
あくまでも、自分の想いの「はけ口」ですから。

今日、久々に「ダンスの動画」を撮影し公開をした。
久々と言う言葉が表すように、もうここ5年ほど「ダンス」をまともに踊っていなかった。
6年ほど前に、色々思う所有り「今求められている日本のダンス」は「俺が伝えたいダンスとは異なる物」と感じ、若手で「求められているダンスを教えられる者」がいるのであれば、そいつらが勝手に教えればいいと思い、それまで持って居たダンスレッスンを全てクローズし、ダンスのいわゆる「表舞台」から一歩下がった。
一歩下がり「俳優業」へと軸をシフトしたのが45歳の時。なので、それから丸6年、全く持ってまともに踊っていないのだ。
その間に数回、無理矢理踊らされたことはあるが、それは、俺的には全く持って「踊った」と言う物ではない。
俺の中で「踊る」というのは、真っ直ぐに「音」と向き合い、一つ一つのビートを感じ、ちゃんと気持ちを込めて「踊る」事なんだよね。

じゃあ、なぜ今日「踊った」のか。
いくつかの理由がある。
その一つは、New York時代のダンスの相棒である”BAM BAM”が自分のTシャツをわざわざ日本にまで送ってくれた。
とはいえ、そのTシャツの原画はBAM BAMが手書きで書いた物なのだが、その写真を送ってきて「パソコンで綺麗なデザインのデーターにして欲しいんだ」と頼んできた物で、綺麗にしたベクターファイルを元にしてT-シャツを彼が作った。
それでもだ、ちゃんと律儀に出来上がったT-シャツを送ってきてくれるのだから、これは全く持って嬉しい事である。
そしてもう一つの理由が、前日に放送をした、自身のラジオ番組「Triple9 (毎週月曜午後9時からの生放送)」で、推しアーティストを紹介するコーナーで「Art of Noise」をピックアップし、紹介した。
コーナーで、話しをする内容をリサーチし、まとめる作業をするのだが、それと同時に、推しアーティストの曲を一緒に何曲か紹介する。
その為に「選曲」の作業をしていて、久しぶりに聞いたArt of Noiseの楽曲「Close」に、波長がピッタリとはまったんだよね。
凄く心がザワザワし「あ〜、この曲で踊りたいな〜」ってね。

それで、BAM BAMがT-シャツが届いたら「写真を撮って送ってくれ」と言われていたため、写真を撮るのであれば、どうせなら動画を撮って送ればビックリするだろうなあと思ったので、動画を撮影した。

しかし、6年も動いていなければ、当然感覚も鈍っているし、筋肉も落ちている、しかも、先日52歳の誕生日を迎えた身だから。

まあ、いずれにしても、まずは踊ってみるか。と撮影をした。

下手なことはしない。一発直球勝負。
場所を変えて2回撮影をしたので、踊った時間はわずか10分足らず。
ストレッチも、ウオーミングアップも、事前の練習も全く無し!

当然、わずかに踊っただけで、息は上がったのだが、踊った感覚は決して悪く無かった。
筋肉もほぐれていないので、所々、動きが固い部分はある。

でも、ちゃんと音は心に入ってくる、そして音に答えるように、ヒットも入る。完全にフリースタイルで踊ったのだが、流れも出来ている。

悪く無い。
撮影した物を見ても、100点ではないが80点はある。

決して今の若い子達みたいなチャラチャラとしたダンスではない。でも、ちゃんと踊りの中にNew Yorkが感じられる。
正直、自分が一番ビックリした。{笑

まわりの「ちゃんとHIP-HOP」を理解している仲間からは「良いじゃん」と。
多分、今の日本のダンスしか知らない奴らには「わからない」、80年代〜90年代の「本物のHIP-HOP」の臭いは。
まあ、判らない奴にはわからなくて良いと思っている。
BAM BAMの一言目が「WOW」だった{笑 「なんだ、ENGIN#9まだ踊れるじゃないか」ってね。
BAMは、俺が日本に帰国をし、ダンスをすっかり辞めてしまったと思っていたからだ。
で、彼に言ってやった「確かに”STOP”とは言ったかも知れないが、”Quit”とは言ったことがないはずだよ」って。

そう、俺にとって「HIP-HOP」は辞める物ではない。
I am HIP-HOP. 「俺自身がHIP-HOP」だから、俺がHIP-HOPを辞める時と言うのは、俺が死ぬ時である。
毎日、ダンスを踊っているから「ダンサー」ではない。
俺にとっては、生きている時間全てがHIP-HOPで、その表現をする一つの方法が「ダンス」。カッコ良い振りを踊るのがダンスじゃない。難しい技をするのがダンスじゃない。

HIP-HOPは生き様で、その生き様を見せるためのツールとしてダンスがあり、ラップがあり、グラフィティーがある。

よくHIP-HOPは「不良の文化」みたいなとらえ方をされるけど、実際はそうじゃない、その逆だ。
元々ギャングだった連中が社会に出る{更生する}為に、HIP-HOPがある。
元々ギャングな連中だから「悪い奴らの文化」と思われているんだろうけどね。
そう言う意味では、アメリカの今のラッパーとかは、ワザと悪ぶって、それがカッコ良いと印象づけている。その時点で「HIP-HOP」じゃないんだよね。

13年という時間、New Yorkに住み、HIP-HOPを作ってきたレジェンド達と沢山交流をしてきた。
その当時、日本人なんかが一人で歩ける街じゃなかった「The South BRONX」のコミュニティーの一員として、普通に一人で遊びに行っていた。
「The South BRONXを一人で歩ける唯一の日本人」と言われていたほどだから。
でもね、実際はそうじゃないんだよ。危ない街だったのは間違いない。でも、そこにはオジイちゃんお婆ちゃんから、子供まで人が住んでいて、生活している街。
そこに、格好だけとか、物珍しさだけで立ち入ったら、そらあ、そこに住んで居る人間にとっては気分良くないよね。
だから、そこの住人達は、そういった人間を排除していただけなんだよね。

とある日本の番組で、そんな街を取材したいと言う事になって、仲間に連絡をして、ブロックパーティーをやったことがある。
メッチャ盛り上がって、メチャクチャ面白かった。
バーベキューにかかる費用を番組が負担するからというのでやったんだけど、多分かかったのは3万円くらいだたはず。それで、そのコミュニティー100人くらいいたかな?みんなで飯食って、気が付くと、DJ機材を落ちだしてきて、DJする奴とか、ダンスを始める奴とか、ラップをやる奴とか、もー大盛り上がり。{笑

当然撮影クルーは日本人ばかりで、New Yorkに住んでいる日本人なんだけど、行くまではかなりビビッてたんだけど、俺が連れてくる人間に危害を加える奴は絶対にいず。逆に、機材を一緒に運んでくれたり、飯は食ったか?と気を使ってくれて、凄く愕いていた。

これこそが「本当のHIP-HOP」の姿で、そんなのをちょっと旅行で来た奴らが、見れるはずもないし、入れるはずもないのさ。
俺は、HIP-HOPを表面だけで見てきたワケじゃない。HIP-HOPどうやって生まれたのか、なぜ生まれたのかを知るために、彼らの生活に入っていったんだよね。
そうすれば、必ずそこから、HIP-HOPが一体何なのかを知る事が出来ると思ったから。

そうやって染みついたHIP-HOP。そう簡単には消えない。血となり肉と成って染みついている。それ故に、心が動けば、何をやっていてもHIP-HOPになるんだよ。

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